Snapdragon X Eliteが発表されてから1週間経過しますが、今回はその詳細な仕様と性能について見ていくことにしましょう。
Snapdragon X Elite
Snapdragon X Eliteは、Qualcommが新たに発表したPC向けのSoCです。Qualcomm初の独自アーキテクチャを採用しており、Windows Armの他、Linux、Chromebookで動作します。
Apple SiliconやIntel CPUの競合になることを意識しており、これまでQualcommがあまり主張してこなかった性能を大きく宣伝。Intel CPUやApple Siliconよりも高い性能を誇ること、そして高い効率性を誇ることをアピールしました。
ではまずその仕様を見ましょう。
8cx Gen 3 | X Elite | |
---|---|---|
プロセス | Samsung 5nm |
TSMC 4nm |
CPUコア数 | 8 | 12 |
構成 | 4P4E | 1コアのみ |
クロック | 3GHz(Pコア) | 3.8GHz |
ブースト クロック |
なし | 4.3GHz (1~2コア) |
GPU | Adreno | Adreno |
GPU性能 | 不明 | 4.6 TFLOPS |
メモリ | LPDDR4X-4266 16bit 8ch |
LPDDR5X-8533 16bit 8ch 最大64GB |
最大メモリ帯域 | 68GB/s | 136GB/s |
映像出力 | 4K60Hz x 3 5K60Hz x 2 |
|
AI性能 | 15TOPS | 45TOPS |
5G | X62/X55/X65に対応 | X65に対応 |
まず構造上の違いから。Qualcommは以前よりCortexを複数シリーズ採用したbig.LITTLE構成でしたが、今回は独自IP「Oryon」を12コア搭載します。OryonはCortex-Xより高い性能を誇っており、Apple SiliconのPコアアーキテクチャと同等かそれ以上の性能があることが見込まれます。
その他の仕様は、以下の記事を御覧ください
Qualcomm、独自CPUを12コア搭載したパソコン向け「Snapdragon X Elite」を正式発表 ~ Apple/Intel/AMDよりも性能も効率も高いと主張 - Nishiki-Hub
性能
では、その性能を見ていきましょう。
まず、Snapdragon X Eliteは搭載するデバイスによってコンフィグレーションが大きく変わる柔軟なSoCであることを説明します。今回、Qualcommは2種類のリファレンスシステムを提供しました。一つがはフォーマンス特化型(構成A)、もう一つが薄くて軽量な(構成B)それぞれラップトップです。
構成A | 構成B | |
---|---|---|
2コアターボ | 4.3GHz | 4.0GHz |
全コアターボ | 3.8GHz | 3.4GHz |
メモリ | LPDDR5X-8533 | LPDDR5X-8533 |
ディスプレイ | 16.5" LCD 3,840 x 2,160 |
14.5" OLED 2,880 x 1,800 |
厚み | 16.8mm | 15mm |
デバイスTDP | 80W | 23W |
バッテリー | 87Wh | 58Wh |
まずここで面白いのは、搭載システムによってクロックが可変するということです。デバイスTDPという興味深い指標はこれまで見たことがないシステム指標ですが、システム全体での冷却性能を表していることになります。つまり、システム全体で構成Aは80Wまで、構成Bは23Wまでの冷却が可能です。更に、現時点ではWindowsに限られるもののアクティブ冷却システムに対応しており、効率的な冷却が可能です。おそらく、アイドル時の発熱はかなり抑えられることから、ファンが回る頻度というのはIntelのそれよりかは少なくなるはずです。
冷却性能や電源に余裕がある構成Aのパフォーマンスタイプのシステムでは、2コアターボが4.3GHzまで伸びますし、全コアブーストでも3.8GHzとスペック通りのクロックを発揮します。一方で、効率重視の構成Bでもクロックは4GHzまで伸びます。これまでのSnapdragonのことをかんがえると十分なクロックです。おそらく、この最大クロックが段階的に可変するというのは、IntelやAMDのコンフィグラブルTDP(cTDP)と似たような仕様になっているものと考えられ、Snapdragon X Eliteを搭載するデバイスのベンダーがデバイスの冷却性能に合わせてSoCのTDPを選択できるということになるのでしょう。
そして、メモリ面も特筆すべきでしょう。Snapdragon X Eliteのような統合型のグラフィックを搭載している場合、メモリの速度はGPUの性能に大きな影響を与えます。vRAMほど高速ではありませんが、メインメモリとしてはかなり高速であり、LPDDR5-6400が主流の現在においてはこの時点でGPU部分で大きな利点として働くことになります。
では、実際の性能を見ていきます。今回は、AnandTechからQualcommが公表したデータを引用します。
構成A | 構成B | |
---|---|---|
CB 2024 ST | 131-132 | 122-123 |
CB 2024 MT | 1211-1233 | 925-973 |
GB6 ST | 2939-2979 | 2722-2798 |
GB6 MT | 15087-15382 | 13849-14007 |
PCMark 10 Applications |
12869-13112 | 12433-13516 |
GFXBench Aztec Ruins - Normal |
355-357 fps | 294-296 fps |
3DMark Wildlife Extreme |
44.65-44.78 fps | 39.0-39.2 fps |
UL Procyon AI* | 1750-1800 | 1750-1800 |
CB: Cinebench , GB6:Geekbench 6
CPU
全体的に性能を見回したところ、基本的に構成BがM2と同等、構成Aがずば抜けて性能が高いということになりますね。ここではGeekbench 6とCinebench 2024を使ってCPU性能を比較してみます。
AnandTech経由でQualcommが公開した資料を元に作成したGeekbench 6.2の結果を見ると、シングル性能がずば抜けて高い事がわかります。デスクトップ向けであることから、今回はこのグラフに含めていませんが、構成AのスコアはRyzen 9 7950Xを上回るもので、すべてのApple SiliconとAMD CPUを上回ることを意味しています。一方でIntelもこのスコアを超えるのはCore i9-13900K系統以上のみとなります。
もちろん、Snapdragon X Eliteはよい結果を参照しているので、必ずしも、どんな場面でもAMDやIntelよりも性能が高いと断定することはできませんが、モバイル向けSoCグレードがAMDやIntelのハイエンドCPUに匹敵することはかなり衝撃的です。似たような衝撃はApple M1のときにもありましたが、Arm ISAプロセッサはシングル性能が伸びやすいのかな?と思ってみたり(RISCの特徴?)
Cinebench 2024でも、構成Aがかなりいいスコアをマークしました。構成BもApple M2と同等の性能となります。
続いてマルチ性能を見ます。今回はQualcommの資料に加えて、Apple M2 Maxを追加しました。Apple M2 Maxと比較してもマルチの性能はSnapdragon X Eliteのほうが上回る結果となりました。
ただ、これは構成を見ているとその理由がわかります。まず、メモリ速度が高速であるということはマルチ性能に有利に働いたでしょう。そして、同じ物理コア数でありながらApple M2 Maxが8P4Eの構成であるのに対して、Snapdragon X Eliteは12Pという構成である点も注目に値します。
残念ながら、8P4EのApple M2 Maxと12PのSnapdragon X Eliteが互角の戦いになっているということは、マルチコアにおいてSnapdragon X EliteがそれほどApple Siliconより優位に働かない可能性を意味しています。ただ、Snapdragon X Eliteのターゲット層としてはApple M2 Maxをかんがえるのは若干お門違いであり、Apple M2が主な競合相手になります。その点では1.5倍もの性能を誇るSnapdragon X Eliteは優位であると言えるでしょう。効率型の構成Bでもこの点は大きくは変わりません。
Cinebenchのスコアを見ます。Apple M2は4P4E構成であるということから、マルチは苦戦を強いられることになります。一方でSnapdragon X Eliteは12Pというこのグループの中で最も多い性能コアを持っていることから善戦。M2にダブルスコア以上の差をつけて勝利しました。
GPU
GPUはGFXBench Aztec Ruinsと3DMark Wildlife Extreamで検証します。
一気に見てもらったほうが早いのですが、基本的にM2と構成BがGPU性能が同等、ややM2が上回るという結果に、一方で構成AはM2よりも性能が高いことがわかります。
特に面白いのは、Radeon 780Mを搭載するRyzen 9 7940HSと大差をつけて勝利しているという点です。今回はこれらの単位がfpsでありフレームレートのため一概に規模が倍になればこの数値が倍になるという比較はできませんが、それでなくてもSnapdragon X EliteとM2はかなり高いGPU性能を誇っていることになります。
そして、GPUについては先述の通り、メモリの高い帯域幅も好影響を与えていることになるでしょう。
NPU
最後にNPU。UL Procyon AIを用います。Macに対応していないのでApple Siliconとの比較はありません。
結果としては、Hexagonを搭載するSnapdragon X Eliteの圧勝となりました。
ただしこれには注意が必要で、AMDとIntelはそれぞれNPUの恩恵を受けません。つまり、単純にAI性能を測るのにこの指標は現時点であまりにお粗末です。
市場は変わる。
注意しなければならないのが、Snapdragon X Eliteの製品の登場は2024年半ばになるということ。
実際、ちょうど7時間後にはAppleが「Apple M3」を発表することは間違いないし、Intelも12月にMeteor Lakeのリリースを控えています。この中でQualcommが比較したすべてが、一つ前の世代であることには考慮する必要があります。
ただ、Snapdragon X Eliteの性能を見る限り、M3がでてきてもSnapdragon X Eliteを上回るというようなことはなさそうな気がします。
問題点を上げるとするならば、big.LITTLE構成ではないSnapdragon X Eliteは、ピーク時の消費電力がApple Siliconより大きい可能性があることが拭えません。さらにアーキテクチャの完成度でみてもApple SiliconのほうがIPCが高いことが伺えます。もしAppleがM3で高クロックと高効率で畳み掛けて来ればSnapdragon X EliteはM3と同等かそれ以下になるでしょう。
WindowsとMac、それぞれのプラットフォームでまた面白い戦いが見られるのはいいことです。